都市論・東京論

原武史・重松清『団地の時代』

都市や住宅と思想史を結びつける「空間政治学」を構想し、多くの成果を上げつつあるのが、原武史。対談の相手は、都市に生きる人々を温かい目で描き、団地を舞台とする作品も多い重松清。名コンビである。原の博識が、重松の柔軟な発想によって、絹糸のよう…

大橋隆『下町讃歌』

著者とは、近所の銭湯風カフェ「さばのゆ」で会った。その場で奨められて買ったのが、この本。帯に「京都生まれが東京の下町を好きになるとは珍しく、新鮮。しかも下町の魅力は居酒屋と銭湯にありというのだから、、うれしいではないか」と、川本三郎の推薦…

海野弘『東京風景史の人々』

著者は、近代都市文化史の第一人者といっていいだろう。原著は1988年で、長い間絶版だったが、少し前に文庫化された。税込み1100円という値段だが、その価値はある。 大まかにいえば、前半は個々の画家についての評論で、後半は多彩なテーマを取り上げたエッ…

田中哲男編著『焦土からの出発』

これも『TOKYO異形』と同じく、東京新聞の好企画。単に、戦争直後の記録写真を集めたというものではなく、ドラマがある。新聞社所蔵のもののほか、米空軍の元写真偵察部員が庶民を撮影し、のちに中部大学に託した写真、市民が所蔵していた写真などが多数収め…

森まゆみ『東京ひがし案内』

東京の山の手と下町の境界に位置する谷中・根津・千駄木を拠点とした地域雑誌『谷根千』を手がけ、エッセイストとして活躍する森まゆみさんの新著。文庫オリジナルの企画である。「谷根千」と、その周辺の水道橋・お茶の水・湯島・本郷・上野・白山・春日な…

東浩紀・北田暁大編『思想地図vol.5 社会の批評』

人気のシリーズ第5弾で、今回は社会学者が中心。私は「東京の政治学/社会学」と題して、原武史さん、北田暁大さんと対談しています。団地の政治的意味、東京内部の格差の動向などについて論じました。普通の選書2冊分のボリュームで、1400円。お買い得です…

『九段坂下クロニクル』

東京・九段下に、今川小路共同建築、通称・九段下ビルという建物がある。1927年の完成で、築後80年を超える長屋形式の耐火建築だ。戦前から戦後へと、多くの物語を育んできたに違いない建物だが、これを共通の舞台としたオムニバスマンガが本書。全四編。出…

東京新聞写真部編『TOKYO異形』

かつて東京新聞に「東京oh!」という連載があった。東京のありとあらゆる場所から、不思議な空間や意外な光景を探し出し、巧みな構図で切り取った写真に、短い文章を配したというもの。都市風景写真が、時には鋭い文明批評になり、あるいは一種のアブストラク…

川本三郎『きのふの東京、けふの東京』

『東京人』、『荷風!』、『東京新聞』。これは東京論三大メディアともいうべきもので、私はいずれも愛読している。この三つに共通の常連著者、というより看板著者の一人が、わが敬愛する川本三郎。川本には多数の著作があるが、本書はそのなかでも出色とい…

池内紀『東京ひとり散歩』

『中央公論』に連載していたエッセイを中心に、『東京人』に書いた二篇を加えてまとめたもの。池内紀センセイが、兜町から霞ヶ関、向島、両国、浅草など、都内各地を散歩しては歴史と大衆文化、そして最近の世相に思いをめぐらす企画である。 もとより、中公…

坂崎重盛『東京読書』

『環境緑化新聞』という業界紙に連載されている東京本案内をまとめたもので、『東京本遊覧記』の続編。「少々造園的心情による」という副題がついているが、著者は、かつて造園を学び、公務員として造園にかかわったことがあるとのこと。扱われる本は文学を…

藤木TDC/イシワタフミアキ『昭和幻景』

文を担当している藤木は、『東京裏路地“懐”食紀行』などの著書があり、ヤミ市起源の飲食店街を精力的に取材していることで知られる異色のライターである。これまでの著書は、「食」に重きをおいていて、戦争直後の雰囲気をとどめる建物そのものには、あまり…

川本三郎『向田邦子と昭和の東京』

向田邦子は一九二九年生まれだから、ちょうど私の親の世代ということになる。まだまだ活躍していておかしくない年代だが、一九八一年、取材先の台湾で、飛行機墜落事故により急逝。本書は彼女の作品の数々を「昭和」「東京」を切り口に解読していくものであ…

秋本治『両さんと歩く下町』

先日読んだ『東京深川三代目』で、この著者の下町への愛着と見識が分かっていたので、そういえばこんな本もあったなと、手に取ってみた。これが、なかなか面白い。ありきたりの下町本などより、ずっといい。 まず、下町の風景を克明に描いたペン画がすばらし…

秋本治「東京深川三代目」

先日読んだ『昭和マンガ家伝説』で、平岡正明が激賞していたのがこれ。近所の古本屋でたまたま売っていたので、買ってみた。 たしかにこれは、いい作品である。深川にある立花工務店の孫娘・静は、子どものころから祖父の仕事現場に入り浸り、将来は大工にな…

東京新聞編集局「東京歌物語」

これは、連載時から注目していた好企画。ふんだんにカラー写真が入った単行本になったのがうれしい。 たとえば、坂本九の「見上げてごらん空の星を」取り上げて、これを定時制高校で学ぶ・学んだ若者たちへの応援歌と位置づける。そして井沢八郎の「あヽ上野…

溝口敦『歌舞伎町・ヤバさの真相』

新宿にはときどき行くが、歌舞伎町に足を踏み入れたことがない人は多いはずだ。何といっても、「危ない街」イメージでは都内で、いや日本でもナンバーワンである。かくいう私も、ひととおり散策したことはあるけれど、たまにゴールデン街や大通りに近い居酒…

塩見鮮一郎『貧民の帝都』

著者は、被差別民の歴史に関する著作で知られ、なかでも江戸時代の非人についての著作が多いが、本書の対象は近代で、幕末から敗戦後までを扱っている。 明治維新によって大名と家臣たちは地方に帰ったが、これによって江戸と地方の性格は大きく変わる。地方…

蜂巣敦・山本真人『殺人現場を歩く』

この本の分類は難しいが、都市論に入れておこう。東京および周辺で起こった殺人事件を取り上げて、その現場を淡々と描いていく。 犯罪そのものについての記述は、多くの場合、最低限に抑えられていて、この犯罪が起こった現場や、周辺の街の現況を描くことに…

増田悦佐『東京「進化」論』

東京のさまざまな地域を取り上げて、その成り立ちや現在を語るという、この手の出版物はかなりの数に上る。しかし本書は、2つの点でかなりユニークだ。 まず、取り上げられている街の数が多い。普通この手の本では、主要な盛り場と、下町を中心に歴史的・文…

共同通信社編『東京 あの時ここで』

「昭和戦後史の現場」という副題がつく。政治はもちろんのこと、犯罪や事件・災害、スポーツや芸能、建設工事、イベントなど広い範囲のできごとを、東京各所の現場に即して振り返っていくというもの。 よくありそうな企画なのだが、独自色もある。もともと共同…

鹿島茂「平成ジャングル探検」

前著『居酒屋ほろ酔い考現学』を書いていたとき、新橋駅前のヤミ市を再開発したビルのことを調べていて、鹿島茂が雑誌に書いた記事に行き当たった。博覧強記でもあり、しかもちゃんと取材して当事者の証言もとるという見事なもので、連載の続きも読みたいと…

『昭和30年代・40年代の世田谷』

昭和ブームのせいか、こんな本まで出版された。世田谷区各地の古い地図と写真を集めて、当時の地域のようすを解説したもので、全159頁。 自宅の付近の写真も多く、経堂駅、すずらん通り商店街、農大通りなどの鮮明な写真がある。いまも営業している和菓子屋…

西井一夫・平嶋彰彦『「昭和二十年」東京地図』

旅先で何か東京論の本を一冊、じっくり読みなおそうと考えたとき、すぐに思いついたのはこの本だった。 佐多稲子、永井荷風、高見順、伊藤整など数多くの作家たちの日記や作品を縦糸に、国家の政策や在野の社会運動を絡めながら、戦中から戦後にかけての東京…

喜安朗『パリの聖月曜日』

パリの外周部には環状の自動車道が走っていて、これに沿って「ポルト・ド・○○」という地名が連なっている。ポルトというのは城門のことで、ここにかつての城壁都市の外周があったということがわかる。現在でもパリ市街は、ほぼこのとおりの範囲にある。城壁…

永井荷風を読む2

川本三郎編のアンソロジーは、エッセイだけではなく短編小説、そして「濹東綺譚」「つゆのあとさき」などの小説の抜粋も含めた、まさに入門的アンソロジーだが、野口冨士男の編んだこちらは、エッセイに絞って体系的に集めたもの。上下二巻に分かれていて、…

永井荷風を読む1

英国にいて、なぜこんなものを読むのかと思われそうだが、逆にいえば、日本にいるときは、他に読まなければならない本がたくさんありすぎて、なかなか読めないのである。どこか山奥の別荘でもあれば、読めるのかもしれないが、そんなものは持ち合わせていな…

坂崎重盛『東京本遊覧記』

『環境緑化新聞』という業界紙に連載されている東京本案内をまとめたもの。著者の主な関心は、時期的には明治、分野としては風景と文学にあるので、私とは少しずれるのだが、それでもずいぶん役に立つ。サッポロライオンの社史、『ビヤホールに乾杯』を取り…

大西みつぐ『下町純情カメラ』

著者は1952年深川生まれの写真家で、1993年に木村伊兵衛賞を受賞しているとのこと。 子ども時代の思い出や、下町の日常や近年の変化をつづる文章と、街角の情景を捉えた写真を収めた文庫本。とくに商店には愛着があるようで、所狭しと商品の並ぶ雑貨屋兼煙草…

小板橋二郎『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』

東京・板橋区の岩の坂にあったスラムで生まれ育った著者の回想録。これは、戦中・戦後のスラムを内部から記録した名著といっていい。 感動的なエピソードの数々をここで紹介するのは控えておいて、特徴を2点だけ記しておきたい。まず、スラムが朝鮮人差別と…