海野弘『東京風景史の人々』

 著者は、近代都市文化史の第一人者といっていいだろう。原著は1988年で、長い間絶版だったが、少し前に文庫化された。税込み1100円という値段だが、その価値はある。
 大まかにいえば、前半は個々の画家についての評論で、後半は多彩なテーマを取り上げたエッセイ。長谷川利行という画家については、山谷近くのガスタンクを描いた絵で知っていたけれど、この人に「酒売場」という作品があるという。ネット検索してみると、神谷バーの内部を描いたものであることが分かった。これは、一つの収穫。関東大震災後、人々、とくに中間階級の人々の関心が浅草から銀座へと移っていったときに、川端康成がむしろ浅草へ向かっていったという指摘はおもしろい。1930年には「銀座は東京の神経であり、唇であるかもしれないが、浅草は東京の筋肉であり、胃腸である」と書いているという。今なら、新宿だろうか。
 銀座は特権的な場所だけに、階級的な憎悪の対象ともなりうる。アナーキストが起こした銀座騒擾事件についても言及されているが、これは拙著『居酒屋ほろ酔い考現学』でも触れた。東京論の必読書のひとつに入れていいだろう。

東京風景史の人々 (中公文庫)

東京風景史の人々 (中公文庫)