原武史・重松清『団地の時代』

 都市や住宅と思想史を結びつける「空間政治学」を構想し、多くの成果を上げつつあるのが、原武史。対談の相手は、都市に生きる人々を温かい目で描き、団地を舞台とする作品も多い重松清。名コンビである。原の博識が、重松の柔軟な発想によって、絹糸のように形をとって紡ぎ出されてくる。団地の中に、日本の戦後史が立ち現れる。
 原によると、所得制限があって中産階級しか入れなかった団地は、英国の郊外住宅地のように保守政党の地盤になる可能性もあったのだが、学校や公共施設の不足を共産党が積極的に取り上げたこと、とくに教育問題が母親たちの関心をひきつけたことから、革新政党の地盤になった。団地は実は、高度成長期の政治を彩った革新自治体の重要な基盤だったのである。
 七〇年代に入ると、団地は全体的に進んだ住宅の質的向上に取り残され、人気を失っていく。しかし二人は、団地の将来について必ずしも悲観的ではない。高齢化とともに急速に荒廃が進んだニュータウンに比べると、団地には「発展しないことによる穏やかさ」がある。独特の共同性をもつ団地は、時には「滝山コミューン」のように排他的になる可能性もあるが、反面、マンションにはない温もりあるコミュニティを形成することもできるのではないか。すでに一部に兆しがあるように、若者たちを受け入れ、異なる世代、異なるライフスタイルの住民が共存共栄することもできるのではないか。
 なるほど、団地は二一世紀の下町なのかもしれない。衰退するかと思えたが、若者たちに再発見されて、新たな発展の手かがりを得る。現状では、ワーキングプアの多い若者たちが、アパートからマンションを経て一戸建てへという、一昔前に標準的とされた住宅キャリアをたどることのできる見込みは少ない。そのとき団地は、重要なインフラストラクチュアとして、若者たちに生活基盤を提供できる可能性がある。放置すれば老朽化するばかりの団地を活用する、政策立案が期待されるところである。

団地の時代 (新潮選書)

団地の時代 (新潮選書)