阿部健『どぶろくと女』

著者は酒のマーケティングと酒文化の普及に、長年携わってきた人物。その経験と蓄積に加え、退職後の十数年を費やして資料・文献を渉猟し、まとめたのが本書である。全六二九ページ、目次だけでも一二ページという大冊だ。 記述は縄文期に始まり、万葉の時代…

友里征耶『グルメの嘘』

著者は「激辛」グルメライターとして知られる人物。批判された料理店関係者が大勢で自宅に乗り込んできたり、家族への危害をほのめかして脅迫されたりしたこともあるという。その激辛ぶりは、「友里征耶の行っていい店わるい店」で知ることができる。とくに…

佐藤忠男編著『ドキュメンタリーの魅力(日本のドキュメンタリー1)』

佐藤忠男の編著で、『日本のドキュメンタリー』という五巻本、さらに三枚組のDVDボックス三巻が、岩波書店から発行されることになったとのこと。本書は、その第一弾である。 佐藤忠男の概説は、予想通りの手堅い内容だし、吉岡忍と森まゆみの秀作紹介も、た…

橋本直樹『ビール・イノベーション』

著者は、キリンビールで開発研究所長、ビール工場長を歴任した人物。それだけに、ビール醸造の科学的側面について知り尽くしているのは当然だが、ビールの歴史やビール文化についての知識も相当なもので、実は本書も、半分以上は古代オリエントから始まるビ…

川西玲子『映画が語る昭和史』

私が日本映画でいちばん嫌いなのは、女性のレイプシーン、そして女が男に理由もなくすべてを捧げるシーンである。評判のいい映画でも、こういうシーンがあると分かっている場合には、見る前に気が重くなる。こんな感覚を持つ人はいないのかと思っていたら、…

太郎丸博『若年非正規雇用の社会学』

タイトルだけみると、最近注目のテーマを扱ったタイムリーな企画、とみえる。実際、そういう側面もあるのだが、ちょっと違う。実はこの本、社会階層論の教科書でもある。中心テーマとして若年非正規雇用を取り上げながら、社会階層の概念や理論、社会階層分…

太田和彦『東京 大人の居酒屋』

太田和彦の居酒屋本といえば、執拗なまでにメニューを書き写したデータ完備のガイドブックと、紀行文風のエッセイ集が思い浮かぶが、本書はやや趣が違う。 取り上げられた五五店は、すべて右側に文章、左側に写真という二ページ構成でまとめられている。写真…

池内紀『東京ひとり散歩』

『中央公論』に連載していたエッセイを中心に、『東京人』に書いた二篇を加えてまとめたもの。池内紀センセイが、兜町から霞ヶ関、向島、両国、浅草など、都内各地を散歩しては歴史と大衆文化、そして最近の世相に思いをめぐらす企画である。 もとより、中公…

西澤泰彦『日本の植民地建築』

植民地建築という新鮮な視点から近代建築を論じて、注目されてきた著者の新著。この著者がこれまで出版してきたのは、専門書か写真中心のビジュアル本だったが、本書は初めての教養書といっていいだろう。 著者によると日本は、支配下に置いた中国・台湾・朝…

『古典酒場』Vol.8

このムックも、もう8号になった。今回のお題は「日本酒酒場」である。「吉本」「鍵屋」「伊勢藤」「串駒」などの有名店も揃えているが、「立呑屋」「清瀧」それにカップ酒の店と、大衆的な店もカバーしている。後ろの方には、連載のブロガー座談会もあり、私…

坂崎重盛『東京読書』

『環境緑化新聞』という業界紙に連載されている東京本案内をまとめたもので、『東京本遊覧記』の続編。「少々造園的心情による」という副題がついているが、著者は、かつて造園を学び、公務員として造園にかかわったことがあるとのこと。扱われる本は文学を…

雁屋哲・花咲アキラ『美味しんぼ』103巻

今回は全ページが「日本全県味巡り・和歌山編」にあてられている。最近はこのパターンが多く、郷土料理に興味のない人は買う必要がない。前回の「青森編」と同じことを書くしかないのだが、「究極」「至高」とは性質が違うだろうという郷土料理が、これでも…

島田裕巳『教養としての日本宗教事件史』

私の『「格差」の戦後史」と同じく、河出ブックス第一弾の一冊である。この著者、そしてタイトルからは、創価学会、統一協会、オウム、幸福の科学など、新興宗教・新宗教の引き起こした事件の数々を網羅的に論じた本を想像する人も多いだろう。しかし、内容…

藤井淑禎『御三家歌謡映画の黄金時代』

これも、昔のB級映画を扱ったもの。「橋・舟木・西郷の『青春』と『あの頃』の日本」という副題があり、この三人の主演した歌謡映画を通じて、高度経済成長期の日本を振り返ろうというわけである。 著者によると、歌謡映画では人気歌手が普通の若者を演じ、…

新著発売 『「格差」の戦後史』

本日、発売されました。河出書房新社の新しい選書シリーズ、「河出ブックス」の第1弾、6冊のうちの一冊です。229ページで1260円はお買い得?ちなみにAmazonは現在、全品送料無料キャンペーン中なので、この値段でも送料無料になります。「格差」の戦後史--階…

岩崎稔・上野千鶴子・北田暁大・小森陽一・成田龍一編著『戦後日本スタディーズ1 「40・50」年代』

『戦後日本スタディーズ』も、これで完結。今回は年代が古いこともあり、歴史書という印象がぐっと強くなった。座談会とインタビュー、11本の論文から構成されている。著者たちのスタンスを大別すれば、次の三つになるだろうか。 第1は、戦中から戦後にかけ…

橋本治「巡礼」

四大紙をはじめ、多くのメディアで絶賛されている小説。ちょっと興味があったので、読んでみた。 とある郊外の住宅地の一角、かつては商家で、今は初老の男が一人で暮らす家が「ゴミ屋敷」になる。周辺の住民は、ゴミの散乱と悪臭に悩まされ、市に対策を求め…

ウィルキンソン『格差社会の衝撃』

経済的な格差が人々の健康に悪影響を及ぼすことについては、すでにカワチ&ケネディが『不平等が健康を損なう』(日本評論社)で明らかにしており、国内でも近藤克則や川上憲人らの研究がある。しかし本書は、あらゆる意味で決定版といっていい。自分の行って…

岡田喜一郎『昭和歌謡映画館』

昔のB級映画ものを、もう一冊。本書は、エノケン、美空ひばり、石原裕次郎、小林旭などが主演し、主題歌を歌った映画を中心に、昭和20年代から40年代までの、さまざまな歌謡映画を紹介している。400ページを超えるボリュームで、このテーマに関しては、当面…

樋口尚文『ロマンポルノと実録やくざ映画』

最近、昔のB級映画が静かなブーム、なのだろうか。多くはビデオソフト化されていないのだが、衛星放送やケーブルテレビが普及して、比較的かんたんに見ることかできるようになったことから、ガイドブック的なものも求められるようになっているのかもしれない…

鴨下信一「ユリ・ゲラーがやってきた:40年代の昭和」

著者には『誰も「戦後」を覚えていない』と題して昭和20年から30年代までを論じた三冊の著書があり、同じく文春新書として出版されているが、これはその最新刊。テーマは、40年代である。昭和ブームだとはいえ、もう40年代までがノスタルジーの対象になった…

斎藤美奈子『誤読日記』

斎藤美奈子は、私が逆立ちしてもかなわない、と常日頃から感じている著者の一人である。 本書は『週刊朝日』と『AERA』に連載された書評をまとめたものだが、通り一遍の書評集とは訳が違う。タレント本やノウハウ本、中高生向け恋愛小説、三流ビジネス本など…

藤木TDC/イシワタフミアキ『昭和幻景』

文を担当している藤木は、『東京裏路地“懐”食紀行』などの著書があり、ヤミ市起源の飲食店街を精力的に取材していることで知られる異色のライターである。これまでの著書は、「食」に重きをおいていて、戦争直後の雰囲気をとどめる建物そのものには、あまり…

橋本健二『「格差」の戦後史』

新著です。1945年以降の日本の経済格差の動向を、官庁統計や調査データから明らかにするとともに、さまざまな事件や風俗、小説や映画、マンガなどを取り上げて、戦後史のなかの「格差」を時系列的に描きました。河出書房新社の新しい選書「河出ブックス」の…

リヒテル EMI録音全集

クラシック音楽を聴き始めた中高生の頃、リヒテルのレコードは高嶺の花だった。初心者だから、聴いたことのない名曲のレコードをひととおり集めるのが優先だ。だから、廉価盤の中で、できるだけいい演奏を選んで買うというのが基本になる。当時、いわゆる名…

川本三郎『向田邦子と昭和の東京』

向田邦子は一九二九年生まれだから、ちょうど私の親の世代ということになる。まだまだ活躍していておかしくない年代だが、一九八一年、取材先の台湾で、飛行機墜落事故により急逝。本書は彼女の作品の数々を「昭和」「東京」を切り口に解読していくものであ…

石井寛治『日本の産業革命』

これは、文句なしに名著である。明治初期から日中戦争開戦の頃までの通史の形を取りながらも、一貫した視点から膨大な研究の蓄積を配列しており、読み応えがある。 とくに私のような門外漢研究者にとっては、格好の手引きといっていい。近代的労働者階級の誕…

秋本治『両さんと歩く下町』

先日読んだ『東京深川三代目』で、この著者の下町への愛着と見識が分かっていたので、そういえばこんな本もあったなと、手に取ってみた。これが、なかなか面白い。ありきたりの下町本などより、ずっといい。 まず、下町の風景を克明に描いたペン画がすばらし…

総選挙終わる。

衆議院選挙で、政権交代が決まりました。これは今日の毎日新聞朝刊の記事です。ネットでも公開されています。 http://mainichi.jp/select/seiji/09shuinsen/news/20090831ddm012010099000c.html

木下昌明『スクリーンの日本人』

映画評論の世界には、もともと反体制的感性の持ち主が少なくないけれど、これほどはっきりと反体制カラーを前面に出し、しかも何冊もの著書のある人は、今では珍しい。「日本映画の社会学」という副題のつく本書は、さまざまなジャンルの多くの映画を扱っては…