石井寛治『日本の産業革命』

 これは、文句なしに名著である。明治初期から日中戦争開戦の頃までの通史の形を取りながらも、一貫した視点から膨大な研究の蓄積を配列しており、読み応えがある。
 とくに私のような門外漢研究者にとっては、格好の手引きといっていい。近代的労働者階級の誕生とそのジェンダー構成、新興資本家層の形成、農民層と自営業者層の変容、都市下層の動向など、階級・階層論と深く関わりのある問題について、幅広く言及されていて、たいへん役に立つ。
 たとえば、日本の近代化を支えた紡績業では、女工が大量に採用されてその現場を担っていたが、他方では多数の男性大卒が採用されて、工場を管理していた。大卒が紡績工場で勤務するなど、英国では考えられないことだった。日本の基幹産業における、ジェンダー秩序の形成過程がわかる。松方デフレが農民層を没落させて賃労働を準備したというのはよく言われることだが、これについても、この前後で貧農層の比率が増えたこと、大都市部への人口流入が増えたことなどが、明らかにされている。
 歴史に関心のある社会学者は、読んで損がない。戦前の社会史を専門にしているのでないかぎり、多くの社会学者には戦前の経済史を何冊も読む余裕はないはずだから、この本を手がかりにするのがいいだろう。

日本の産業革命―日清・日露戦争から考える (朝日選書)

日本の産業革命―日清・日露戦争から考える (朝日選書)