猪野健治『やくざ親分伝』
著者は、やくざに関する取材と研究では第一人者といっていいフリー・ジャーナリスト。多数の著作があるが、本書は日本の戦後史を彩った何人かの親分たちに焦点を当て、その生涯と人間像を描き出したもの。とくに、新橋の松田義一、新宿の小津喜之助、浅草の芝山益久と、ヤミ市・露店を取り仕切った三人についての章は素晴らしく、第一級の資料となっている。
著者の基調にあるのは、被差別者の間から生まれ、また被差別者と共に歩んで権力と対峙してきたやくざに対する共感である。もちろん、負の側面や堕落傾向にも目を向けてはいるが、基本のスタンスは変わらない。このことが、多くの女たちを拉致し売り飛ばした単なる極悪人にしかみえない女衒・村岡伊平治を英雄的な風雲児として描いたところで、大いに違和感を生む原因になっている。その意味で、この一章は著者のスタンスに疑念を生みかねず、あとがきにある著者の弁明を前提としても、明らかに余計だったといえる。
とはいえ、普通の歴史書には書かれない戦後日本史の裏面史を知るための重要な文献であり、戦後史に関心のある人には必読といっていい。
- 作者: 猪野健治
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2002/11
- メディア: 文庫
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