小林信彦『東京散歩 昭和幻想』

 小林信彦は仕事の幅の広い人で、小説(しかもユーモア小説と純文学にまたがる)、大衆芸術論・芸能論、エッセイと各分野に多数の著作がある。しかもエッセイの中には、東京論と分類できる一連の著作があり、これを一つの分野とみることもできる。
 この本は、複数のメデイアに発表された文章を集めたもので、テーマの長さも形式もいろいろ。これについて論じるとしても、全体としての感想というより、個々の文章についての感想になってしまうのはやむを得まい。
 もっとも印象深いのは、美空ひばりについて論じた「1953年の少女歌手」。美空ひばりを、漫然と昭和を代表する歌手であるかのように評する風潮への強烈な批判で、短いもの(といっても、本書の中ではいちばん長いほうだが)ながら彼女に対するイメージを一変させるだけの情報量と説得力がある。
 随所に、引用したくなる一言がある。「永井荷風は東京が破壊されるときに必ず読まれる」とは言い得て妙。荷風がブームだが、いま東京は東京オリンピックの頃から続く破壊の最終段階を迎えているのだろう。書き下ろしの長編小説を書いているときの自分生活を振り返って、「入浴していたときに気付いたが、これは受験生の生活である」と書かれていたのには、思わず苦笑。私だって、本を書いているときはそれに近い。

東京散歩 昭和幻想 (知恵の森文庫)

東京散歩 昭和幻想 (知恵の森文庫)