佐藤忠男『大衆文化の原像』

 アカデミックな研究の世界とは異なり、映画評論の世界では、国際的な評価というものが形成されにくい。大多数の評論家は、自国映画と外国映画を二つの柱とするわけだから、同じフィールドで活動しているとはいえない。英語圏以外の評論家の著作が、他国で読まれることも少ない。しかし、仮に世界中で最も優れた評論家を選ぶとしたら、日本と先進諸国の映画はもちろんのこと、発展途上国新興国の映画についての見識から考えて、おそらくは佐藤忠男がその第一候補になるのではないか。
 本書は佐藤忠男の評論を13点収めたコンパクトな書物だが、彼の評論集の中でもかなり特徴的である。彼の評論には、しばしば社会科学的な視点が出てくるが、この視点がとくに強く出たものばかりが集められているからである。たとえば作り手と受け手の所属階級・階層から、文化のさまざまなジャンル、そして映画の特徴を論じる。戦前には広く受け入れられた旅烏的なやくざ映画が、戦後にはあまりみられなくなった理由を、職人から大企業従業員へという労働者の変化に求めてみせる。格差が注目されるようになった今日、初期の著作に濃厚にみられた著者のこうした視点は、再評価されていいように思う。
 貧困を描いたリアリズム映画が、貧しい庶民たちにあまり好まれず、学生や小市民知識人にばかり好まれた理由を、「貧乏というものを本当に恐ろしがっているのはこの人たちだから」と、新中間階級の地位不安から説明して見せたところなど、今日の「格差社会論ブーム」にも適用できそうだ。現在は品切れだが、古本で容易に入手できる。

大衆文化の原像 (同時代ライブラリー)

大衆文化の原像 (同時代ライブラリー)