藤井淑禎『高度成長期に愛された本たち』

 著者は日本近現代文学が専門だが、大衆小説や映画を論じることが多い。しかもその視点は常に、敗戦から高度経済成長期の日本社会の変化をふまえたもので、ある意味で社会学的とも言える。このため以前から愛読していて、専門書以外はたいがい読んでいるのではないかと思う。その最新著である。
 冒頭に「文学史のうそ」という見出しがある。愛読してきたものからすると、「なるほど」とすぐに納得がいく。ふつう文学史というものは、著名作家の純文学作品を中心に、無頼派、第一次戦後派、第二次戦後派、第三の新人……というように、事実上は「新作発表史」であるに過ぎない。ここでは第1に大衆文学、第2に読者が無視されている。ここから著者は、大衆文学を主要な対象とし、しかもそれらがどれだけ売れ、どれだけ読まれたかに注目して、新しい文学史を描こうとするのである。
 その具体的な成果の数々については本書を見ていただくしかないが、個人的には、松本清張が最初は「社会派」と呼ばれるような作品群で注目されながらも、のちにノンフィクションや評論に傾斜していく背景、貸本屋の全盛期から経済成長により「買って読む」への移行が進んでいく過程、教養から娯楽への読書動機の変化についての指摘など、興味は尽きなかった。
 記述は時に、「読書世論調査」の細かな数字の羅列に流れがちで退屈するところもないではないのだが、今後の文学研究・文化史研究はこうでなければ、と納得させられるところが多い。実はこれは、社会学者がやるべき仕事なのである。

高度成長期に愛された本たち

高度成長期に愛された本たち