白波瀬佐和子『日本の不平等を考える』

 著者は、少子高齢化・家族の多様化というトレンドに注目しながら、格差と不平等について論じてきた社会学者。本書はこれまでの研究の集大成ともいうべきものだろう。基本のデータは、日本については国民生活基礎調査、台湾および欧米諸国についてはルクセンブルク所得データで、それぞれ個票データによる分析を行なっている。
 データがデータだから、格差の動向についての事実が幅広く網羅的に示すことが可能で、たとえば世帯主年齢別のジニ係数貧困率の8カ国(および地域)間比較や、妻就労の規定要因に関するロジット分析結果の8カ国(および地域)間比較など、かなり徹底している。格差の基本動向についての主要な点はすでに多くの研究で明らかにされているから、さほどの大物は残っていないのだが、残ったところをトロール船で根こそぎ捕ってきたというという感がある。地味なスタイルとともに、日本との比較を中心に置いた、格差と貧困に関する「もうひとつのOECD報告書」とでもいうべき網羅性がある。いくつか重要な結論が示されており、たとえば少子化対策の要点が、男女間賃金格差の縮小にあるという指摘は重要である。また分析から導き出された結論というわけではないが、格差よりも貧困の方が問題だという最近の風潮に対して「格差の中で貧困をとらえることの重要性」を指摘した部分もうなづける。
 不満な点もいくつかある。ひとつだけあげるなら、格差に関して何かを結論することのもつ社会的効果について、やや無自覚と思われるところが少なくないこと。たとえば大竹文雄の研究を引用しながら、格差拡大は高齢化による見せかけだと断定した個所(195頁)があるが、格差が政治問題となり、多くの言説が入り乱れた経緯を知っているなら、こんな単純な言い方はできないはず。また日本の高齢単身女性の貧困率が改善されたと強調している個所(209頁)があるが、絶対水準でいえば47.1%と依然として高い。政策の効果を強調するためだろうけれど、強調すべき点を取り違えているのではないか。分析と叙述のスタイルは地味で、政治音痴なところもある、いろいろな意味で研究者らしい著作である。
 なお本書には、「世帯主」に注目した分析が多く示されているが、前回も書いたように世帯主の概念には曖昧さがあり、国際的にも定義が統一されていない。場合によっては、本書の分析結果の信頼性にも関わる問題で、要検討である。

日本の不平等を考える―少子高齢社会の国際比較

日本の不平等を考える―少子高齢社会の国際比較