原清治・山内乾史『「使い捨てられる若者たち」は格差社会の象徴か』

 ある日の授業のあと、学生が私のところへやってきた。
 「先生って、すごいんですね。」
 「は?」(なんだ、いまごろ分かったのか)
 「この本で、先生のこと、すごくほめてありましたよ。」
 と、学生が差し出したのが、この本。二人の著者は教育社会学が専門とのこと。買ってはあったのだが、机の上に積んでおいただけだったのを、取り出して読んでみる。巻末にブックガイドがあって、私の三年前の著書『階級社会』が紹介されているのだが、そこにこんなことが書かれている。

「われわれが常々不思議に思うのは、格差社会論がここ数年盛んになってきて、一億総中流から格差社会へ、階級社会へと移ってきたという論調をあちらこちらで拝見しますが、その一億総中流社会といわれていた時期から一貫して階級社会論の視角から日本社会を分析し、論じてきた橋本健二氏の研究に言及されることがあまりにも少ないことです。……あまりにも格差社会論者は橋本氏へのリスペクトに欠けているようです。」「橋本氏の研究がもっと読まれ、格差社会論が浮ついたものではない、地に足のついた議論へと成熟していってほしいものです。」

 評価していただいているのはうれしいが、私の研究は、それほど無視されているだろうか(笑)。本はけっこう売れているし、書評もいろいろ出ている。格差社会に関する他の主だった論者に比べて、言及される回数が少ないのは事実かも知れないが、これはマルクス主義が嫌われていることによるもので、ある意味では必然の結果である。教育学者からはほぼ無視されているといっていいと思うが、これはお互い様。私も、教育学者たちが教育の役割を過大評価して、結果的に格差拡大そのものや政府の失政を免罪する「教育学的誤謬」(ゆとり教育で格差が拡大したというのが、その典型)について語ってきたから、嫌われて当然だ。
 本書は、若年非正規労働者問題について、教育研究の立場から書かれた概説的な入門書で、たいへん読みやすい。いろいろな調査結果も提示されている。低賃金の若年労働者には、進学校であろうと非進学校であろうと、成績下位者だった者が多いという調査結果は面白い。底辺校の成績上位者や中位者より、進学校の成績下位者の方が、フリーターになりやすいらしいのである。絶対的な学力より、集団の中での位置が重要ということで、これはすぐれて社会学的な問題である。
 著者たちは、このままでは日本にも、ポール・ウィリスが英国の調査で明らかにしたような、確信を持って学業を拒否し、下層労働者になっていく「野郎ども」が生まれるのではないかという。その可能性はあるが、私は「排除され自信を喪失した絶望的な下層階級」になる可能性の方が大きいのではないかという気がしている。