吉川徹『学歴分断社会』

 出版間もなく著者から送ってもらっていたのだが、ようやく読了。著者の主張は、ある意味では単純明快で、「格差社会の"主成分"は学歴だ」というもの。つまり、日本では職業に関連して定義される階級・階層よりも、大卒と高卒に二分された学歴の方が重要で、これが格差の基盤になっているというのである。
 理解できなくはない。とくに最近は、自営業の比重が減少したこと、零細企業の起業が難しくなっていること、高卒の正規雇用が縮小したことなどから、学歴差は大きくなりつつある。日本の社会が大卒者と高卒者という二つに大きく分断されているというのは、ひとつの見方としては正しい。
 しかし問題は、学歴そのものが経済的な格差を生み出しているのではないということである。大卒だというただそれだけで、お金をくれる企業はない。大卒であることが何かの職業や地位に就くことを可能にして、ここから高卒との格差が生まれるのだから、重要なのは学歴間に格差があると主張することではなく、学歴が格差に結びつくメカニズムを明らかにすることである。私の考えでは、それは大卒=新中間階級、高卒=労働者階級という対応関係である。この点を曖昧にすることにより、著者は階級による差を学歴による差と誤認したように思える。たしかに、大卒の無職の母親に育てられた人が大学に進学しやすいというように、学歴に独自の効果がないわけではない。しかしそれも、最終的には階級所属に変換されてはじめて物質的な利益を生み出すのである。
 気になった点がいくつか。ネットカフェ難民は冷暖房・飲み物完備の生活だから、難民キャンプの生活に比べればはるかに豊かな生活だ、などと書いた個所があるが、とても専門的な社会学者の発想とは思えない。その社会で一般的な生活様式を維持できるかどうかで定義されるのが、現代の貧困概念である。つい筆が滑ったのかもしれないが、かなり重大な失言である。
 また、格差のトレンドについてのさまざまな見解を「平等化説」「格差持続説」「格差拡大説」「再格差化説」などと呼んで解説しているが、専門家の間でこんな用語が一般化しているかのような誤解を招く。これに関連して、「平等化説」「持続説」を「グローバル・スタンダード」だと述べた個所があるが、これは完全な誤り。格差は縮小している、または拡大せずに一定水準を保っているという説が、世界的な定説だという事実はない。OECDの報告書だって、多くの先進国で格差が拡大傾向にある事実を明らかにしている。日本に関していえば、男女間格差、産業間格差、規模間格差など多くの指標から、七〇年代を境に格差が拡大に転じたことは明らかである。このあたりは、私が「週刊ダイヤモンド」の2009年3月21日号で明らかにしている。
 と、いろいろけなしておいてから言うのも何だが、良くできた本である。読みやすいし、データの提示も的確だ。格差社会論の流行の中で、学歴格差はあまり注目されてこなかったのは事実だから、本書の意義は大きい。

学歴分断社会 (ちくま新書)

学歴分断社会 (ちくま新書)

週刊 ダイヤモンド 2009年 3/21号 [雑誌]

週刊 ダイヤモンド 2009年 3/21号 [雑誌]